新しいサービスやブランドの顔となるロゴ。そのデザインに時間と情熱を注ぐのは当然のことです。しかし、そのロゴが法的な問題なく使えるかどうかを確認する「商標調査」を後回しにしてはいませんか?実は、この調査は単なる「推奨」事項ではなく、事業の将来を守るための「義務」とも言える重要なプロセスです。調査を怠ると、予期せぬトラブルに巻き込まれ、深刻な事態を招く可能性があります。(出典:アスター国際特許事務所「ロゴマーク制作時の商標トラブル対策」)
もし、あなたが公開したロゴが他社の登録商標と類似していた場合、どのような事態が起こりうるでしょうか。まず考えられるのは、ロゴの使用差し止め請求です。これにより、ウェブサイト、名刺、パンフレット、商品パッケージなど、ロゴを使用したすべての制作物を変更・廃棄する必要に迫られます。これまでに投じたデザイン費用や制作費用はすべて無駄になり、経済的な損失は計り知れません。さらに、ブランドイメージの毀損や、顧客からの信頼失墜という、お金では取り戻せないダメージを受ける可能性もあります。
日本の商標制度は「先願主義」という、先に出願した者に権利を認める原則を採用しています。たとえあなたが長年温めてきたアイデアや、すでに使用しているロゴであっても、他社が先に同じようなロゴを商標出願し登録してしまえば、権利はその他社のものになります。最悪の場合、あなたの方が「商標権の侵害者」となり、そのロゴを使えなくなってしまうのです。このようなリスクを回避するためにも、事前の商標調査は不可欠です。
商標調査の重要性は理解できても、いつ、何から手をつければ良いのか分からない、という方も多いでしょう。闇雲に調査を始めても、時間と労力がかかるばかりで、正確な結果は得られません。ここでは、調査を効率的かつ効果的に進めるための、絶対に押さえておくべき2つの大原則について解説します。(出典:アスター国際特許事務所「ロゴマーク制作時の商標トラブル対策」)
商標調査を行う最も理想的なタイミング、それは「ロゴデザインに本格的に着手する前」です。なぜなら、もし調査の結果、検討している名称やデザインの方向性に問題が見つかった場合、デザインが完成した後では手戻りが大きくなってしまうからです。ロゴが完成してから問題が発覚すると、それまでのデザイン作業に費やした時間と費用がすべて水の泡となってしまいます。まずはブランドの核となる「名称」の調査を行い、安全性を確認してからデザイン制作に進むのが最も賢明な手順です。
ロゴは多くの場合、「文字(ロゴタイプ)」と「図形(シンボルマーク)」の組み合わせで構成されます。調査を効率的に進めるには、まず「文字」の部分から調査を始めるのが定石です。ブランドの名称が他社の権利を侵害していないかを確認し、クリアになってから図形のデザインに進むことで、無駄な作業を大幅に削減できます。この二段階のアプローチは、複雑な調査プロセスを管理しやすくし、リスクを最小限に抑えるための鍵となります。
それでは、具体的な調査方法に入りましょう。最初のステップは、ブランドの名称、つまり「文字商標」の調査です。ここでは、特許庁が無料で提供しているデータベース「J-PlatPat(特許情報プラットフォーム)」を活用した、自分で行う調査の全手順を詳しく解説します。(出典:特許庁「商標検索をしてみましょう!」)
商標は、どのような商品やサービスで使用するかによって保護される範囲が決まります。そのため、調査を始める前に、自社の事業がどのカテゴリに属するのかを示す「類似群コード」を特定する必要があります。
J-PlatPatのトップページから「商標」メニュー内の「商品・役務名検索」を選択し、自社の商品やサービスに関連するキーワード(例:「ソフトウェア」「飲食店」など)を入力して検索します。表示された結果から、最も近いと思われる商品・役務名の右側に記載されている「類似群コード」(例:「11C01」「42A01」など)をメモしておきましょう。これが、調査範囲を絞り込むための重要な情報となります。
類似群コードが特定できたら、いよいよ先行商標の検索です。J-PlatPatの「商標検索」ページを開き、以下の手順で進めます。
検索項目のプルダウンから「称呼(類似検索)」を選択します。
キーワード入力欄に、調査したいブランド名を全角カタカナで入力します。
もう一つ検索項目を追加し、プルダウンから「類似群コード」を選択します。
キーワード入力欄に、先ほどメモした類似群コードを入力します。
「検索」ボタンをクリックします。
この「称呼(類似検索)」は、入力した名称と完全に一致するものだけでなく、読み方や響きが似ている商標まで幅広く検索してくれるため、より網羅的な調査が可能です。
初心者が陥りがちな間違いとして、「称呼(類似検索)」ではなく「商標(検索用)」で検索してしまうケースがあります。「商標(検索用)」は、入力した文字列と完全に一致する商標を探すための機能です。これだけでは、読み方が似ている他の商標を見逃してしまい、調査漏れの原因となります。必ず「称呼(類似検索)」を基本として使い、より広い範囲でリスクを確認することが重要です。
文字の調査が完了したら、次はロゴのビジュアル部分、「図形商標」の調査です。図形の調査は文字よりも複雑ですが、近年では初心者でも使いやすいツールが登場しています。ここでは、レベルに応じた3つの調査方法を紹介します。(出典:すみや商標知財事務所「【ロゴの商標登録】検索のやり方や注意点を紹介!」)
最も手軽で初心者におすすめなのが、AIを活用した画像検索ツールです。例えば「Toreru商標検索」のようなサービスでは、調査したいロゴの画像ファイルをアップロードするだけで、AIが類似する図形商標を自動で探し出してくれます。複雑な分類コードなどを知らなくても直感的に操作できるため、最初のスクリーニングとして非常に有効です。
より精密な調査を行いたい場合は、J-PlatPatの図形検索機能を使います。これには「図形等分類(ウィーン分類)」という、図形の要素をコード化した国際的な分類基準の知識が必要になります。J-PlatPatの「図形等分類表」でロゴの要素に合致するコードを探し出し、そのコードと類似群コードを組み合わせて検索します。操作は複雑ですが、より的を絞った詳細な調査が可能です。
J-PlatPatで調査できるのは、あくまで特許庁に出願・登録された商標のみです。しかし、世の中には未登録でも広く使用され、有名になっているロゴも存在します。そうしたロゴとの重複を避けるため、補完的なチェックとしてGoogleの画像検索を活用しましょう。作成したロゴ画像をアップロードして検索することで、思わぬ類似デザインを発見できる可能性があります。
調査を進める中で、自社のロゴと似ている商標がヒットすることがあるでしょう。しかし、「似ているものが見つかったから即アウト」というわけではありません。商標が類似しているかどうかは、専門家が以下の3つの基準を総合的に考慮して判断します。(出典:政府広報オンライン「そのネーミング、大丈夫?商品やサービスを守る『商標』のキホン」)
外観とは、商標の見た目のことです。ロゴを構成する図形や文字の配置、デザインの全体的な印象が視覚的に似ているかどうかが評価されます。
称呼とは、商標の読み方、発音のことです。文字商標はもちろん、図形から連想される呼び名も含め、聞いたときの響きが似ているかどうかが評価されます。
観念とは、商標が与える意味合いやコンセプトのことです。例えば「王様」と「KING」のように、言語は違えど同じ意味を連想させる場合、観念が類似していると判断されることがあります。
これらの基準に基づき、自社の商品・サービスと混同される恐れがあるかどうかが最終的な判断の分かれ目となりますが、この判断は非常に専門的であり、個人で行うには限界があります。
ここまで自分でできる調査方法を解説してきましたが、セルフチェックはあくまで初期段階のリスクを洗い出すためのものです。最終的な登録可能性の判断や、複雑なケースへの対応には、商標の専門家である弁理士の知識が不可欠です。(出典:すみや商標知財事務所「【ロゴの商標登録】検索のやり方や注意点を紹介!」)
調査を進める中で、以下のような状況に遭遇した場合は、自己判断で進めずに専門家へ相談することを強く推奨します。
類似すると思われる先行商標が見つかったが、登録できるかどうかの判断に迷う。
調査結果の件数が多すぎて、どこから手をつけていいか分からない。
自社の事業領域が複数の区分にまたがっており、適切な類似群コードの選定が難しい。
海外での事業展開も視野に入れている。
これらのケースでは、専門的な知見に基づいた正確な判断が、将来の事業リスクを回避するために極めて重要になります。
弁理士に調査を依頼する最大のメリットは、その「正確性」と「信頼性」です。専門家は独自のデータベースや長年の経験を駆使し、個人では見つけきれないリスクまで徹底的に洗い出してくれます。また、調査だけでなく、その後の出願手続きまで一貫して任せられるため、時間と手間を大幅に節約できます。
費用は依頼先や調査内容によって異なりますが、一般的に本格的な調査報告書を依頼する場合、30,000円から50,000円程度が目安とされています。これは決して安い金額ではありませんが、将来の訴訟リスクやブランド再構築にかかる費用を考えれば、事業を守るための必要不可欠な投資と言えるでしょう。
最後に、この記事の要点をチェックリストとしてまとめました。あなたの新しいブランドを成功に導くため、サービス公開前にすべての項目を確認しましょう。
商標制度は「早い者勝ち」であり、調査を怠ると費用・時間・ブランドを失うリスクがあることを認識する。
調査は「ロゴデザイン着手前」に行い、「文字」の調査を終えてから「図形」の調査に進む。
J-PlatPatを使い、「類似群コード」を特定した上で、「称呼(類似検索)」で網羅的に検索する。
AI画像検索ツールやJ-PlatPatの図形検索、Google画像検索を組み合わせて多角的に調査する。
「外観」「称呼」「観念」の3つの基準で総合的に判断されることを理解し、安易な自己判断は避ける。
少しでも不安や疑問があれば、自己判断で突き進まず、弁理士などの専門家に相談する。
商標調査は、あなたの貴重なブランドを守るための第一歩です。このチェックリストを活用し、万全の体制で新しいビジネスをスタートさせましょう。