現代のグローバルビジネスにおいて、ロゴは単なるデザインの枠を超え、企業の信頼とブランド価値を象徴する無形資産となっています。特に2025年現在、国境を越えたECサイトの普及やデジタルマーケティングの加速により、日本国内で誕生したブランドが瞬時に海外の消費者の目に触れるようになりました。このスピード感は大きなチャンスである一方、悪意のある第三者によるロゴの模倣や、先取り商標出願のリスクを劇的に高めています。
多くの企業が陥りやすい誤解として、日本国内で商標登録を済ませていれば、インターネットを通じて世界中でその権利が保護されるというものがあります。しかし、商標権には属地主義という原則があり、権利を主張したい国ごとに登録を受ける必要があります。日本で有名なロゴであっても、進出先の国で登録がなければ、現地の企業にロゴを模倣された際に差し止め請求を行うことができません。それどころか、現地の他社が先にそのロゴを商標登録してしまった場合、自社が本家であるにもかかわらず、その国での販売停止や損害賠償を求められるという逆転現象さえ起こり得ます。
⚠ 属地主義の原則
商標権は国ごとに独立しています。日本での登録は日本国内でのみ有効であり、海外で権利を主張するには各国での登録が必要です。
グローバル展開の足掛かりとしてAmazonなどのプラットフォームを活用する場合、ブランド登録(Amazon Brand Registry)を行うことが一般的です。この登録を行うためには、対象となる国での有効な商標登録が必須条件となります。商標権を保有していることで、偽造品の出品を迅速に削除要請できるほか、ブランド専用のカスタマイズページを作成するなど、マーケティング面でも大きな優位性を得られます。逆に言えば、商標権を持たずに海外EC市場へ参入することは、丸腰で戦場に赴くような極めて危険な行為であると言わざるを得ません。
出典: 日本特許庁 - 海外展開と商標権
海外での商標登録を進める際、最も効率的な手法の一つとして検討されるのがマドリッド協定議定書、通称マドプロを利用した国際出願です。これは、日本特許庁を通じて特許庁に提出した一つの願書により、指定した複数の加盟国に対して一括して出願を行うことができる制度です。2025年現在、110カ国以上の国や地域が加盟しており、主要な貿易相手国の多くをカバーしています。
マドプロを利用する最大の利点は、手続きの簡素化にあります。各国個別に直接出願を行う場合、その国の言語で願書を作成し、現地の代理人を介して手続きを進める必要がありますが、マドプロであれば日本語(または英語・仏語・西語)の願書一つで済みます。また、審査の結果として拒絶理由が通知されない限り、現地の代理人を雇う必要がないため、出願初期段階の手間とコストを大幅に省くことが可能です。
✓ マドプロの主なメリット
• 一つの願書で複数国に一括出願が可能
• 日本語での手続きが可能
• 拒絶がなければ現地代理人不要
• WIPOによる一元管理
出願を希望する国が3カ国から5カ国を超える場合、マドプロのコストメリットは顕著になります。各国個別出願では国ごとに基本手数料が発生し、さらに現地代理人への高額な報酬が加算されます。一方、マドプロでは共通の手数料体系が整備されており、翻訳費用も一括管理によって圧縮される傾向にあります。特に中小企業にとっては、限られた予算内で広範囲な権利保護を実現するための強力な味方となります。
商標権は登録して終わりではなく、10年ごとの更新管理が求められます。世界各国でバラバラに登録を保持していると、それぞれの更新期限を把握し、国ごとの言語で手続きを行う膨大な事務作業が発生します。マドプロによる国際登録であれば、WIPOの国際事務局に対して一度の手続きを行うだけで、すべての指定国における更新が可能になります。将来的な管理コストの増大を防ぐ意味でも、この一本化のメリットは計り知れません。
マドプロは非常に便利な制度ですが、特有の構造的リスクや制約も存在します。これらを理解せずに利用すると、予期せぬタイミングで世界中の権利を一度に失うという事態に陥りかねません。戦略的な意思決定のためには、メリットの裏側にあるリスクを正確に把握しておく必要があります。
マドプロ出願の最大の懸念点は、セントラルアタックと呼ばれる制度です。国際登録の日から5年間は、日本での基礎となる商標登録(または出願)と運命を共にします。もしこの5年間に、日本国内の商標登録が無効になったり取り消されたりした場合、マドプロを通じて指定したすべての国における国際登録も連動して取り消されてしまいます。競合他社から日本国内で不使用取消審判や無効審判を仕掛けられ、それが認められた場合、世界展開の基盤が音を立てて崩れ去るリスクがあるのです。
⚠ セントラルアタックの危険性
国際登録日から5年以内に日本の基礎登録が消滅すると、指定したすべての国での権利も失われます。国内の商標権を盤石にしておくことが大前提です。
マドプロ出願は、日本の基礎登録と同一の商標であることを厳格に求められます。そのため、出願後にロゴのデザインを微調整したり、現地の嗜好に合わせてカラーバリエーションを変更したりすることは認められません。もしデザインを少しでも変更して使用したい場合は、その国独自の制度に合わせた個別出願を行うか、あるいは日本で新しいデザインを再登録してから再度マドプロ出願をやり直す必要があり、機動的なブランディングの妨げになる可能性があります。
ロゴの中に文字が含まれる場合、さらなる注意が必要です。日本の基礎登録が日本語(漢字・ひらがな・カタカナ)を含むロゴである場合、マドプロで海外に出願しても、現地の消費者がそれを認識できないことがあります。例えば、中国市場で漢字表記を強調したい、あるいは中東市場でアラビア語表記を加えたいといったニーズがある場合、日本の登録と同一でなければならないマドプロでは対応できません。このようなローカライズが不可欠なケースでは、最初から現地の市場特性に合わせた個別出願を検討すべきです。
マドプロが適さない状況においては、各国個別の特許庁に対して直接手続きを行う、いわゆる個別出願(パリルート等を含む)を選択することになります。一見すると手間がかかる手法ですが、特定の戦略的目標がある場合には、個別出願こそが最短ルートとなることがあります。
特定の国、特にアメリカや中国などは商標審査の実務が非常に独特であり、マドプロ経由での一括申請では拒絶されやすい傾向があります。例えばアメリカでは、実際にその商標をビジネスで使用している、あるいは使用する確実な意図があることを証明する書類の提出が厳格に求められます。このような国に対しては、現地の法制度に精通した代理人と直接連携し、審査官の傾向に合わせた適切な指定商品・役務の記載を行うことで、登録の確実性を高めることができます。
ビジネス上の重要拠点でありながら、マドプロに加盟していない国や地域も存在します。代表的な例としては、台湾、香港、ミャンマーなどが挙げられます。これらの地域で商標を保護したい場合には、マドプロを利用することはできず、必ず現地の制度に則った個別出願を行う必要があります。アジア圏を中心にビジネスを展開する企業にとっては、マドプロと個別出願を併用するハイブリッドな戦略が標準的な選択肢となります。
📋 マドプロ非加盟の主要地域
• 台湾
• 香港
• ミャンマー
※これらの地域では個別出願が必須です
グローバル展開において、ブランドのアイデンティティを保ちつつも、現地の文化や言語に馴染むようにロゴを修正することは有効な戦略です。マドプロでは不可能な「現地語への置き換え」や「ターゲット層に合わせた配色変更」を行ったロゴを登録したい場合、個別出願であればその国専用のデザインとして権利を確保できます。これにより、現地でのブランド認知度を最大化させつつ、法的保護も完璧に両立させることが可能になります。
出典: ジェトロ - 外国への商標出願
日本の企業にとって最も重要な市場であるアメリカと中国。これらの国々での商標実務は日々変化しており、2025年現在、これまで以上に精緻な戦略が求められています。安易な出願は時間の浪費だけでなく、取り返しのつかない権利の空白を生む原因となります。
アメリカの商標制度の根幹は使用主義にあります。登録を維持するためには、そのロゴが実際に商品やサービスに付されて取引されていることを示す証拠、例えばパッケージ写真やWebサイトのキャプチャなどを提出しなければなりません。近年、この審査が非常に厳格化しており、加工された画像や実態のない証拠を提出した場合には、登録が取り消されるだけでなく、不正な申請として将来的な出願に悪影響を及ぼすリスクがあります。ロゴ制作の段階から、どのように使用実態を記録していくかを計画しておくことが重要です。
⚠ アメリカでの注意点
使用証明(Specimen)の審査が厳格化しています。パッケージ写真やWebサイトのキャプチャなど、実際の使用を示す証拠を日頃から整理・保管しておきましょう。
中国では、他社の有名なブランドを第三者が先に登録してしまう冒認出願が依然として大きな問題となっています。中国は先願主義を徹底しているため、たとえ自社が長年日本で使用しているロゴであっても、中国国内で先に登録された権利には対抗することが非常に困難です。対策としては、中国進出が具体的になる前の段階、すなわちロゴ制作が完了した直後のタイミングで、主要な区分を網羅的に出願しておくことが鉄則です。また、漢字表記(中国語名)の商標もセットで確保しておくことで、ブランドの乗っ取りを未然に防ぐことができます。
✓ 中国出願の鉄則
• ロゴ完成直後に早期出願
• 主要区分を網羅的にカバー
• 漢字表記(中国語名)もセットで確保
海外商標戦略を策定する上で、最も気になるのが費用と期間の差です。以下の表は、一般的なケースを想定した比較ですが、出願する国の数や現地の審査状況によって変動することに留意してください。
| 比較項目 | マドプロ出願(国際登録) | 各国個別出願(直接出願) |
|---|---|---|
| 初期費用(1〜2カ国) | 割高(基本料が発生するため) | 比較的抑えられる |
| 初期費用(5カ国以上) | 極めて割安 | 非常に高額になる |
| 現地代理人費用 | 拒絶時のみ発生 | 必ず発生する |
| 出願までのスピード | 日本特許庁を通すため数週間〜1ヶ月 | 即日〜数日(直接申請可能) |
| 権利の独立性 | 日本の登録に5年間従属する | 最初から独立している |
| デザインの柔軟性 | 日本と同一が必須 | 現地ごとに変更可能 |
| 管理の容易さ | WIPOで一括管理 | 国ごとに個別管理が必要 |
出願国が少なく、かつ現地の法制度が複雑な場合は個別出願が向いており、出願国が多く、将来的な管理コストを最小化したい場合はマドプロが圧倒的に有利であると言えます。
海外でのロゴ商標登録を進める際、どのルートを選ぶべきか判断するための基本的な思考プロセスを整理しました。
まず、海外進出を検討している国がマドプロに加盟しているかを確認します。もし非加盟国(台湾など)が含まれる場合は、その国については個別出願が確定します。次に、ロゴのデザインを現地の言語や文化に合わせて変更する予定があるかを検討します。変更する場合は個別出願、日本と同じデザインをそのまま使う場合はマドプロが有力候補となります。
さらに、日本国内での商標登録がすでに完了しており、他者からの攻撃を受けるリスクが低いかどうかを評価します。国内の権利が盤石であれば、セントラルアタックのリスクを恐れずにマドプロを選択できますが、もし国内で他社と係争中であったり、登録が取り消される懸念がある場合は、リスク分散のために個別出願を選ぶのが賢明です。最後に、予算と管理体制を考慮します。一度に多くの国へ展開し、社内の知財管理リソースが限られている場合は、マドプロによる一括管理のメリットが最大化されます。
📋 出願ルート選択のチェックポイント
STEP 1:進出先はマドプロ加盟国か? → 非加盟なら個別出願
STEP 2:ロゴを現地向けに変更するか? → 変更するなら個別出願
STEP 3:日本の商標権は盤石か? → 不安があれば個別出願でリスク分散
STEP 4:多国展開で管理を一元化したいか? → マドプロが有利
出典: INPIT - 外国出願支援
ロゴ制作から商標出願、そして登録に至るまでのプロセスは、企業のグローバル戦略そのものです。2025年の不透明な国際情勢下において、自社のブランドを守るための最適なルート選びは、単なる事務手続きではなく、経営判断の重要な一翼を担っています。
マドプロはその利便性と多国展開時のコストパフォーマンスにおいて非常に優れたツールですが、万能ではありません。セントラルアタックというリスクやデザインの不自由さを理解した上で、戦略的に活用することが求められます。一方で、アメリカや中国といった巨大市場においては、個別出願による「攻めの防御」が、将来的なトラブルを回避し、ブランド価値を最大化させるための確実な投資となるでしょう。
最終的には、現在のビジネスフェーズ、進出予定国、予算、そして将来のリブランディングの可能性を総合的に判断し、信頼できる弁理士などの専門家と共に、自社だけのオーダーメイドな商標ポートフォリオを構築していくことが、世界に通用するブランドへの第一歩となります。
✓ 本記事のポイント
• 商標権は属地主義。海外展開には各国での登録が必須
• マドプロは多国展開に有利だが、セントラルアタックのリスクあり
• 個別出願はデザインの柔軟性と権利の独立性がメリット
• アメリカは使用証明、中国は早期出願が成功の鍵
• 専門家と連携し、自社に最適な戦略を構築することが重要